ポイント
ドイツは,EU諸国の中でも環境訴訟の原告適格を最も限定している国の1つである。また,特定の承認団体にのみ公益団体訴訟を認め,公益団体訴訟を客観訴訟として位置付けている数少ないEU加盟国の1つである。さらに,行政決定の参加手続に参加したこと(または参加手続が違法に実施されなかったこと)を団体訴訟の要件とするとともに,参加手続の段階で主張しなかった事項については,基本的に訴訟でも主張できないとする特異な仕組みを採用している。しばしば環境先進国と呼ばれるドイツであるが,環境分野の司法アクセスは広く保障されているとはいえない状況にある。
概要
ドイツは連邦制であり,環境法も,連邦法と州法から構成される。また,通常裁判所のほかに,行政裁判所,憲法裁判所等があり,多くの環境訴訟は,連邦および州の行政裁判所の管轄である。
行政訴訟では,行政裁判所法42条2項により,原則として,自己の権利侵害を主張する者にのみ,行政訴訟の原告適格が認められている。しかし,環境法の分野では,環境法規違反の行為を是正し,法治主義を貫徹するため,次の3つの法律に基づいて,団体訴訟が設けられている。これらの団体訴訟は,自己の権利侵害の有無に関わりなく,環境保護のために提起できる訴訟であるため,「環境公益訴訟」(altruistische Verbandsklage)と呼ばれている。
・連邦自然保護法
・「市民参加指令(2003/35/EG)に基づく環境事項の法的救済に係る補完的規定に関する法律」(UmwRBG:環境・法的救済法)
・「環境損害の回避及び浄化に関する法律」(Umweltschadensgesetz:環境損害法)
団体訴訟は,まず,各州の自然保護法により導入され,2002年の改正連邦自然保護法により,自然保護分野に限って連邦レベルでも可能とされた。その後,オーフス条約および改正環境アセスメント指令に対応するために,2006年に環境・法的救済法が制定され,環境分野一般に団体訴訟が導入された。また,環境責任指令に対応するため,2007年に制定された環境損害法においても,団体訴訟に関する特別の規定が設けられている。
ドイツの特徴は,一定の要件を満たす承認団体に,一定の行政手続における特別の参加権と訴権を与えるとともに,参加手続に参加したこと(または参加手続が違法に実施されなかったこと)を団体訴訟の要件としていることである。このような制度を採用した理由は,行政手続の早い段階で,適正な環境配慮を促し,争点を明らかにして後の紛争による事業者への不意打ちを回避し,有効かつ効率的な環境配慮と紛争の未然防止を行うことにあるとされている。
団体の承認要件は,連邦と州で若干の違いがあるが,連邦レベルでは,次の要件を満たす必要がある。
①定款に基づき理念的,かつ,継続的に主として環境保護目的を促進していること。
②少なくとも三年存続し,かつ,この期間内に①の活動を行ってきたこと。
③適正な任務遂行能力があること。
④公課法にいう公益目的を追求していること。
⑤当該団体の目的を支持する者は誰でも,完全な投票権のある会員として入会可能であること。
訴訟を提起できる事項については,上記3つの法律に明記されている。また,従来,環境・法的救済法に基づく団体訴訟においては,承認団体は,自己の権利侵害を主張する必要はないが,訴訟の対象である決定または不作為が,「個人の権利を根拠付ける」環境法規に違反することを主張する必要があるとされていた。わかりにくい仕組みであるが,要するに環境団体が裁判で主張できる違法理由が著しく制限されていたということである。しかし,2011年5月12日,リューネン石炭火力発電所訴訟(トリアネル訴訟)において,欧州司法裁判所がこの主張制限をEU法違反であると判示したため,ドイツ政府は,現在同法の改正作業を進めている。
承認団体の中でも,実際に団体訴訟を提起しているのは,主にBUNDとNABUという2つの環境団体であり,何れもドイツ全体で約40万の会員を擁する大規模なNGOである。団体訴訟の数は,毎年20~30件程度であり,行政訴訟全体の1%にも満たない。しかし,伝家の宝刀として訴権が保障されていることにより,参加の段階で指摘した事項が真摯に事業者や開発官庁によって検討され,違法・不当な行為の未然防止と環境保全に大きな効果を上げていると評価されている。また,団体訴訟の勝訴率は,通常の行政訴訟よりも高く,ドイツの行政裁判所は,いったん原告適格が認められた事件では,比較的密度の高い行政の裁量統制を行っていることで定評がある。
関係法律
・行政裁判所法 独語 英語
・連邦自然保護法 独語
・環境損害法 独語 英語
・環境・法的救済法 独語 英語
重要判例
・リューネン石炭火力発電所訴訟(トリアネル訴訟)欧州司法裁判所判決(2011年5月12日)
環境・法的救済法に基づく環境団体訴訟の制限をEU法違反であるとした判例
参考文献
(英語)
・ミリョーレポート
(日本語)
・大久保規子「ドイツにおける環境・法的救済法の成立(1)」阪大法学、2007年、57巻2号203-216頁
・大久保規子「ドイツにおける環境・法的救済法の成立(2)」、阪大法学、2008年、58巻2号279-289頁
・大久保規子「ドイツの環境損害法と団体訴訟」、阪大法学、2008年、58巻1号1-33頁
・大久保規子「環境アセスメント指令と環境団体訴訟―――リューネン石炭火力訴訟判決の意義―――」、甲南法学、2011年3月、51巻4号、65-88頁。
関連サイト
・政府機関
ドイツ連邦環境省 http://www.bmu.de/allgemein/aktuell/160.php
環境専門家委員会SRU
・NGO
BUND(連邦)http://www.bund.net/
団体訴訟を活用している主要な承認団体の1つ
NABU(連邦)http://www.nabu.de/
団体訴訟を活用している主要な承認団体の1つ